「ゆーいちさん、なんで、おれ、洗い物ばっかなんですか?」
新人バイトのかつあきが、だるそうな声で質問してきた!
かつあきは、まだ3ヶ月の新人だが、仕事の飲み込みが早く、ホールは勿論のこと、今月からキッチンも覚え始めた、今後アルバイトリーダーにしたい人材であった。
「おれも早くステーキ焼きたいですよ!ゆういちさんステーキの焼き方教えて下さいよ!」
「まぁ、まぁ、まだキッチンやり始めて3日目なんだし、そう焦るなって!」
「洗い場がしっかり回せるようになったら、教えてあげるから!」
そんな、私とかつあきのやり取りを遠目で聞いていた店長がこちらに向かって歩いてきた
「かつあき、ステーキを焼きたいのか?」
「は…はい!」
「そうか、じゃあ教えてあげてもいいぞ!」
「え!?店長まだ早すぎませんか?まだキッチンに入って3日目ですよ!」
「ただし、ゲームで勝ったらな!」
「え!?ゲームですか?」
「そう!ゲーム!」
「なんのゲームですか?」
「目をつぶって90秒数えて、ぴったり90秒だったら、今日から”焼き場”(ステーキを焼く所)を教えてあげる!」
「マジっすか!そんなの簡単っす!いいですよ!やりましょう!」
何故か店長は首からいつもストップウォッチをぶら下げていた。
初めて店長に会った時は、なんでこの人、陸上部の顧問じゃあるまいし、いつも首からストップウォッチをぶら下げているんだろう!と思っていたが、今ではすっかりなじんでしまっており、気にならなくなっていた!まさか、このゲームをやる為にいつもストップウォッチを…、そんなはずないよな!っとストップウォッチをぶら下げている店長をちらちらと見ていると、
「よし!じゃあ、かつあき!いくぞ! さぁ目をつぶって!」
と店長が大きな声で声をかけ!
「よーいスタート!」
合図とともに、店長のストップウォッチが動き出すと同時に、かつあきが
「1…2…3…」と小声で数を数え始めたのが聞こえる
私は、このゲームになんの意味があるのかもわからず、ただただその戦況を見守っていた!
「58…59…60…88…89…90、はい!はい!」とかつあきが大きな声を上げる!
と店長はストップウォッチを止め!
かつあきと私の方をじろっと見ながら、ゆっくりとストップウォッチを私達の方へ向けた!
「残念でした!タイムは95秒!5秒オーバーでした!」
「っということで、かつあきは当分まだ洗い場だな!まぁ頑張れよ!」
「ちっ!て、店長ちょっと待ってください!ゲームに負けたのは認めますけど、
こんなゲームで当分洗い場なのは納得いきませんよ!っていうか、このゲーム何の意味があるんですか?」
負けは認めつつも納得のいかないかつあきがどうにかこの状況を変えようと必死で食い下がっていたが、
「あのな!かつあき、社会にでたら、いろんな人と交渉しながら、契約をする機会が増える!今回は、かつあきが、まだ経験が浅いのに、焼き場を教えてほしいと、交渉してきたので、条件としてゲームに勝ったら教えてあげるという”契約”をしたわけだ!
かつあきもこの契約を了承し、ゲームを始めたのに、負けたら納得が出来ないとは、それは、社会に出たら通用しないぞ!残念だけどそれが社会ってもんだぁ!」
もっともな理由をかつあきに伝えた。
かつあきは少し小さくなりながらも、
「店長の言っていることは分かります。ただ1つ教えてほしくて、このゲームなんか意味あるんですか?無いんだったら無いで良いんですけど…」
「意味が無い訳でも、ないけどな! じゃあ特別に教えてあげるか!」
「なぁかつあき、キッチンの仕事って、なんで”洗い場”から教えてもらうか知っているか?」
「う~ん!だれでも出来るからじゃないですか?ただ洗うだけだし!頭使わないじゃないですか?」
「そうか!かつあきは”洗い場”は頭使わないと思っているんだな!」
「そうじゃないですか?洗い場は体力勝負ですよ!」
「アハハ!たしかに体力勝負ではあるよな!話は変わるが、焼き場の作業スピードが速い人って、洗い場のスピードも速いだろう?」
「確かに!ムラさんも、和久さんも渡辺さんも、みんな洗い場めっちゃ早いです!」
「なんでだと思う?」
「うーん…。やっぱり経験じゃないですか?」
「まあ経験は必要なんだけどな!ゆういち!」
急に自分の名前を呼ばれドッキっとして、つい声が裏返って返事をした。
「は…はい!」
「ムラとかつあきの洗い場の差ってなんだ?」
「差ですか?」
「うーーん、なんかかつあきはがむしゃらに体力勝負で洗っている感じがするんですけど、
ムラは、余裕があるというか、言い方が悪いですけど、頑張ってないように見えるんですけど、いつの間にか洗い物が無くなっているというか…、答えになっています?」
「たしかにムラさんは、余裕そうなんだけど、洗い物早いんだよな!」
かつあきが不思議そうに言った!
「なんでだか教えてあげようか?」
店長が自慢げに話し始めた。
「洗い場が早い人は、常に”洗浄機”に仕事をさせている人なんだ!」
「え!? どういうことですか?」
「今言ったとおりだよ!常に洗浄機に仕事をさせている人が、洗い場が早い人だ!当たり前のことだろう!」
「もう少しちゃんと教えて下さいよ!」
「ちゃんと聞くんだぞ!洗い場で使っている洗浄機は1回あたり90秒で洗い物が終わる。洗い場の早い人は、この洗浄機がずーっと動いている状態をキープする。
要は
①片付け、②予備洗い、➂ラッキング
ここまでの作業を90秒で終えるわけだ、洗い物が早い人は、ただ単に洗い物をやっている訳でなく、頭を使って、どうやったら常に“洗浄機”を休ませることなく稼働し続けさせるかを考え、実践しているんだ!」
「そして、もう1つ重要な事は、この90秒という時間感覚を身体が覚える事、ひとの”感覚”は本当にあてにならないが、何度も何度も経験を重ねていく事で、この感覚が研ぎ澄まされていくものなんだ!
洗い場をやりながら、常に90秒を意識し、どうすれば90秒以内に
①片付け②予備洗い➂ラッキング
を終えられるか?
これを考えて洗い場に入ることによって、ただがむしゃらに洗うんではなく、どの優先順位で洗い物をすればより効率的か考える事が必要だという事だなぁ!
ちなみに、ステーキの鉄板をIHファンヒーターに置いてから90秒でアツアツに温まるんだ!だから、洗い場で学んだこの90秒の時間感覚は、焼き場に行った時に、凄く役に立つ!
この90秒の感覚を身につけずにいきなり、焼き場に入ると、鉄板が温まるまでの90秒間何をしていいか分からなくなり、効率よくオーダーを捌くことが出来ないんだ!」
「なるほど、だから”焼き場”が早い人は”洗い場”も早いんですね!」
「そういう事!90秒の感覚を手に入れる事が出来ると、仕事の効率も早くなるんだよ!」
かつあきは、凄く納得した様子で、
「よーーし!まずは洗浄機を休ませることなく、洗い場を高速で回せるようにします!」
と意気込んでいた!
これを機に、かつあき同様、私も90秒の時間を常に意識するようになり、今でも常に時計を気にして仕事をするようになった。
この作業は、昨日は10分かかっていたものが、今日は作業手順を変える事によって8分で完了した!など、時間軸を意識することで作業効率・生産性向上と時間軸を意識するきっかけとなった出来事だった!
次話は、こちらから
◆学びポイント
・人の感覚はあてにならない
・時間を意識することで作業効率/生産性向上に繋がる
コメント